LOGIN愛楽くんは私の表情が暗くなったことに気付いて、心配してくれた。
「大丈夫、なんでもない……」と嘘をつく。愛楽くんは噓だと見破っていたけれど、ひとまず昼食を食べようと、手を引いてフードエリアへ向かった。
すれ違う人たちに、似合わないって思われていそうで、怖くて、恥ずかしくて、顔を上げられなかった。
愛楽くんは店員さんもお客さんも女性客が多い、半個室のカフェを選んでくれた。少しだけ、緊張が緩んだ。
ワンプレートを頼んだ。口に運んだけど、味がしなくて、淡々と食べる。食べ終わると、愛楽くんが、「今日はもう帰ろうか」と言ってくれて、うなずいた。
帰り道、愛楽くんは運転しながら私が落ち込んでいる理由の可能性をいくつもあげて訊いてきた。
「なんでもないから、大丈夫。疲れただけ」という言葉を何度繰り返したか分からない。
マンションの部屋に帰って、自分の部屋に閉じこもって、私は必死に頭を働かせた。
愛楽くんを、お母さん
夕方、出発の時間になった。 隗くんは黒地に赤い帯の浴衣、深美くんは、灰色地に縦じま模様が入った黒帯の浴衣だった。 男の人の浴衣姿ってはじめて見たけど、かっこいいな……。 二人とも身長が高いからなおさら、すらっとして見えるし……。 ……愛楽くんの浴衣姿も、見てみたかったな。ふわっと妄想すると、胸がドキドキ鳴った。 お祭り会場は、隣の区で一番大きな、川沿いの神社の敷地内だった。十九時から、神社から少し離れた橋のあたりで、花火も打ち上がるらしい。十七時に着いた時点で、花火の観覧席みたいなところにシートを敷いて陣取っている人がたくさんいた。「ここら辺は人も多くなるし、穴場があるから花火見る時はそっちに行こう。18時50分に神社を出れば間に合うから、その予定で動こう」 神社は、すごい人だった。隙間なくぎゅうぎゅうで、全然進めなそう……。屋台も、境内の道沿いにずらーっとたくさん並んでる。 深美くんが、私の右手を握った。「絶対離さないでね、ゆう」 反対側から、隗くんが私の腰をぎゅっと引き寄せる。「絶対離さない、ゆう」 ヒイ! 両側からがっちりとガードを固められているような感じで、人込みの中に入っていく。 というか、この二人、誰が見てもすごくかっこいいのかも……。みんな、ちらっと見てすれ違っていく……。 なんか私、すごく浮いちゃってるというか、悪目立ちしちゃってるんじゃないかな。身が縮む……。「あ! 射的! ゆう、俺の腕前、見て!」 隗くんが、何の迷いもなく、大当たりを撃ち抜く。かと思ったら、右端から一つずつ順番に景品を撃ち抜いていく。 結果的に、すべての景品を一発命中で撃ち抜いてしまった……。「やる
朝が来た……。 全然眠れなくって、ぼうっとする……。 今日が休みでよかった……。 昨晩のことが、ずっと頭から離れない。というか、唇の感触を、思い出しちゃって……。 どうしよう……ドキドキが止まらない……。 リビングから、隗くんと深美くんがお話してる声が聞こえてくる。 朝ごはんの準備してくれてる、よね……。ああでも、隗くんと顔を合わせるの、気まずいというか、緊張する……。 昼過ぎまで寝てるふりして閉じこもろうかな。でも、隗くんは今日で最後かもしれなくて……それなのに避けてたら申し訳ないような……。「ゆう」「ヒッ!」 しまった! 扉越しの深美くんの声にびっくりして、つい声を出しちゃった……! もう観念するしかない……。 おずおず出ると、深美くんが、「おはよ」と言いきらないうちに隗くんがずんずん近づいてきて、「おはよう、ゆう! 今夜は最高にドキドキさせるからな」 と、私の寝癖だらけの髪を一束取って口づけた。 ヒイ……! だ、だめだ……隗くんが近くに来ると、すっごくドキドキしちゃうよ……。 それから、隗くんが焼いた大量のパンケーキを食べて、隗くんが昨日注文したという浴衣を並べて見た。 男性の浴衣は隗くんのものだけだった。深美くんのものは、深美くんが自分で注文したので、あとで届くらしい。 私の分がやけに大量にあった。数えてないけど、多分三十着はある。隗くんいわく、「ゆうにふさわしい品質で、着てほしいと思うものをすべて選んだ」らしい。「やっぱり隗は自分の感情優位だね。ゆうの好みや着やすさを考慮できていない。ゆう、いいのがなければ僕が今から注文してあげる」「あぁ⁉」と隗くんが深美くんに掴みかかりそうだったので、
だめだ。二人に接近したら、死んでしまう。 特に深美くんは危険だ。職場でも行き帰りでも容赦なくドキドキさせてくる……! 私は次の日、起きてすぐに着替えてこそこそダッシュで出社した。メイクしないで出社するのは久しぶりだった。する方に慣れてしまっていたためか、すっぴんで恥ずかしさはあったけれど、今日は仕方ない。 誰もいないオフィスで、買ってきたサンドイッチを食べながら、プロットを打ち込む。一人目の子のプロットは終わったけれど、二人目のプロットが途中だったから、続きを書く。お祭りデートのシナリオにしようと思ってたんだけど……どうしよう。本当は、明日、愛楽くんとお祭りに行く予定だった。だけど、行けなくなっちゃったし……。プロットのために行く予定だったのに……愛楽くんと行けなかったことが、さみしい……。 愛楽くんが帰ってくるまで、あと二日。 ……早く、会いたいなあ……。「おはようございますー。武藤さん、早いわね」「あっ、おはようございます!」 部長が来て、私のふわふわした気持ちはいったん打ち切られた。 乙女ゲームのプロットの進捗状況を話していたら、次々に先輩たちが来て、深美くんも来て。 怒涛のお仕事タイムが始まった……! 今日は、深美くんが来ても絶対に動じないぞと心に決め、深美くんが来てもほとんど話をせず、いわゆる塩対応でいい感じにスルーした。お昼も、深美くんが誘ってくれる前に西園寺さんが誘ってくれたから誘いに乗って――結局深美くんもついてきたけど、三人だったからあまり深美くんだけを意識することもなかったし、帰りも深美くんがトイレに行っている間にダッシュで帰って、ことなきを得た。 帰宅すると、また隗くんが、 「おかえり、ゆう!」 と一〇八本の薔薇の花束をくれたけど、感謝の言葉も端的に、ダッシュでお風呂に入った。上がったら深美くんが帰ってきていて、昨日と同じそうめん作戦を
とはいっても、会社ではさすがに何もないよね……。 と思ったのに、深美くんはいつも以上に私に話しかけてきた。「そこのデータ、違うよ」と気付いて、マウスを持つ私の手の上に手を重ねて操作したりとか、「このイラストの、ここってどうやって動かしたらいい感じ?」と資料を持ってきて、体と顔を寄せて訊いてきたりとか。お昼休みに一緒にごはんを食べようって誘ってきたりとか――西園寺さんが入ってきてくれて、二人きりは回避したけど。 あれ? でも、これだけだったら普通かな……私が意識しすぎてたのかな……。 きっとそうだ。だけど、その意識してしまっていた成果が、しっかり数値に現れていた……。 恋愛感情パーセンテージ、32パーセント……。 え…………。 帰りのタクシーでこの数値を見せられて、私は唖然とした。 待って……一日で、28パーセントも上がっちゃったの……? あと二日……このまま同じように上がっちゃったら、57パーセント、超えちゃう……⁉「ちなみに、まだまだ夜もあるからね」 ヒイッ――! 深美くんを警戒しつつ帰ると、「おかえり、ゆう」と、また、隗くんに大きな薔薇の花束を渡された。 「えっと……あの、これはいつも、どういう……」「一〇八本の薔薇は、永遠の愛。ずーっと愛してる、ゆう」 髪の束にキスされて、心拍数が上がる……
「ゆう、あーんして」「ゆうに触んな、クソ深美! ゆうは俺としゃべってたんだよ!」 うう……。朝から、隗くんが焼いてくれた大量のパンケーキを食べてたら、私をはさんで喧嘩が始まっちゃったよ……。 バチバチ睨み合う二人の視線が痛い……。 ……どうして、こうなったんだろう……。 もともとは、愛楽くんの修理を待つ間、隗くんが愛楽くんの代わりを務めることになって、私の、愛楽くんへの恋愛感情パーセンテージを超えたらそのまま引き継げる、みたいな話になってて。 そうしたら、どういうわけか、深美くんまで参戦することになって……。 深美くんはどうして参戦したんだろう。深美くん、たくさん助けてくれていい子だけど、よく分からない……。 家を出ようとすると、隗くんが宣戦布告のように堂々と言い放った。「今日は外でのデートは休みにするけど、迎えには行くからな!」「あ、ちょっとそれは……」 やんわり断って、扉を閉める。昨日、西園寺さんに見られちゃったし。『何あれ、誰』『付き合ってんの?』 っていうメッセージが来てたから、『違います、お友達です』って返しておいたけど……。 あれだけ大きな花束を渡されているところを見たら、誰だって勘違いしちゃうよ。 他の人にも見られたらもっと大変なことになるだろうから、控えてもらおう。 深美くんと、タクシーに乗り込む。 深美くんが私の唇の端を、ふにっと
まず、私のお願いしたいことを伝えた。 私に対してじゃなくても、怒った声を出さないこと。 抱きついてきたり、顔を近づけたりしないでほしいこと。 お酒はすすめないでほしいこと。 この三つ。 最後の一つを聞いて、隗くんは、私の分のシャンパンをさっと飲み干した。「分かりました、プリンセスゆう。ただ、はじめの二つについては、感情が暴走することもあり……。特に、抱きしめたり、キスを求めたりするのは、今まで遠くにいた反動で……」でも、それはちょっと、いいよって言えない……。抱きしめるのもそうだけど、特に唇を近づけてくるのが、私的には一番怖くて、一番パニックになってしまうから……。そう伝えると、隗くんは、「うぅ……がんばります……」 と肩を落としながら言った。 それから、最初の一つについては、深美くんにも協力してもらうことにした。 隗くんが何かをしている途中で忠告をすると、隗くんは深美くんに怒る。 だから、私がヘルプを求めた時と、本当に命の危機がある場合以外では、見守ってもらうことにした。 つまり、私がヘルプを求めなければ、危害を加えたことにならない。処分ってことにもならない――と思うんだけど、どうかなあ……。 深美くんはかなりしぶしぶだったけど、了承してくれた。ほっと安堵して、すぐにお母さんにそういう話になったとメッセージを送った。 お母さんがどういう基準で判断を下すか分からないけれど、これで処分とか、そういう怖いことにならないといいな……。 車が、港に着いた。 七色にライトアップされた船に乗り込む。船の先端に椅子があって、三人が机を囲んで座ると、それで満席になった。少人数用の貸し切りボートらしい。 おつまみみたいなものと、お酒——私はノンアルコールワインをもらって、船は出
スマートウォッチが、八時五十七分を示す。あと三分で始業の時間だ。 そうぼんやりもしていられないことに気付いて、私はペットボトルを抱いて、急いでオフィスに戻った。 スポーツドリンクと水をこまめに飲んで黙々と仕事する。 頭の重さは相変わらずだったけど、胃の気持ち悪さは、だんだん薄まってきた。「武藤、内線。事務から」 取ると、お客様が来ている、とのことだった。私を訪ねてくるお客さんなんて、思い当たる節がない。 ひとまず一階に下りると――。
<BODYGARD SYSTEM> ――目標、地点T56F7。B24、C39、E67、起動。射撃準備、発砲。【BODYGARD PROGRAM】目標、処理しました。――ボディガード機能、スリープ。Heuristic-two、DEEP-threeに引き継ぎます。<TARK ROOM> 【DEEP-three】AI-LEARN、三十二分前の行動理由を説明して。通常
「調味料は割とあったけど、バルサミコ酢と白ワインビネガーはなかったよね。オリーブオイルも切れてたな〜。ゆうは、値段と質、どっちを重視している派? 野菜と果物と肉は、栄養価を重視するために、一番鮮度が高そうなものを選んだよ」「や、安いもので……」 「了解! じゃあ、一番得なものを選ぶね! 俺にまかせて!」 彼がしゃがむ。オリーブオイルをいくつか手に取って見ながら、グラム数と値段とを見比べ、計算している。 首の後ろが大きく開いていて、背中が覗けそうだった……
朝食を食べて、身支度をして、リビングに出る。 ソファで待っていた愛楽くんが振り向いて、立ち上がる。 「可愛い」 仕事に行く前と同じように、愛楽くんがそう言う。 いつもはただのスーツだし、今日はお母さんから何年前に送られてきたかも分からない黒いカーディガンと縦じまのシャツにジーパンだし、そもそも私が可愛いわけなんてないから、愛楽くんにとっては挨拶みたいなもの。最初の数日は動揺していたけれど、AIのプログラムによってそう言っているんだと飲み込んだら、慣れてしまった。&







